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東京高等裁判所 昭和27年(う)2692号 判決

控訴人 被告人 呉徳和

検察官 野中光治関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年六月に処する。

但し、右刑の執行を懲役一年九月に減軽する。

原審における未決勾留日数中四十日を右本刑に算入する。

原審及び当審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、末尾に添附した解任前の弁護人三上英雄、並びに被告人本人の各作成名義にかかる各別紙記載のとおりであつて各所論の要旨はいずれも結局、原判決の刑の量定が重きに過ぎて不当であるとの一点に帰するものと解されるが、右各論旨に対して判断するに先だち、職権を以て、原判決の法律適用の当否を検討するに、原判決書によれば、原判決は被告人が麻薬取扱者でないのにかかわらず、いずれも肩書住居において昭和二十六年四月十五日ごろから、同年五月十日ころまでの間に七回にわたり、麻薬である塩酸ヂアセチルモルヒネ合計二十瓦を代金合計七万九千三百円で中林萩男に譲渡したものである旨の事実を認定した上これに対し麻薬取締法第四条第三号第五十七条罰金等臨時措置法第四条、刑法第四十五条前段、第四十七条第十条第二十一条刑事訴訟法第百八十一条等を適用処断しているのであるが本件記録を調べてみると、被告人は昭和二十六年七月二十五日占領軍の軍事裁判所である横浜憲兵裁判所において、本件と同一内容の犯罪事実につき、重労働八年及び罰金二千円(但し罰金は執行猶予)に処する旨の裁判を受けて確定し、右裁判所の執行として、そのころから昭和二十七年四月二十八日平和条約発効に至るまで、横浜刑務所において服役していた事実が認められるのであつて、右のような被占領下における占領軍軍事裁判所の裁判は、わが国の裁判権による裁判でないと同時に刑法第五条の予想する外国の裁判でもない全く新しい範疇に属する裁判というべきであるが、しかし、右軍事裁判なるものが、わが法制上日本の裁判所の裁判に準じた取扱を受けず、日本の裁判に対し一事不再理の効力もないと解せられていること(昭和二十五年三月七日最高裁判所第三小法廷判決参照)にかんがみれば、右軍事裁判はわが国の裁判所の裁判に対する関係においては、刑法第五条の準用により同条にいわゆる外国の裁判と同様に取り扱うのが相当であると解しなければならない。けだし、もしこれを消極に解するならば軍事裁判によつて刑を言い渡され、その執行を受けた者はさらに日本の裁判所によつて裁判されるのみならず、その刑の執行を受けた事実につき法律上全然考慮されるところがないことになつて不合理な結果となるからである。はたしてしからば、被告人に対しては、同条但書の規定を準用して、前示憲兵裁判所の裁判につき、既に刑の一部の執行を受けた点を考慮し、本件について言い渡すべき刑の執行を減軽すべき筋合であるのにかかわらず、原判決が、この点を看過して、右のような刑の執行の減軽をしなかつたことは、原判決書の記載自体によつて明らかであるから、原判決には、この点につき法令の適用に誤があるものといわなければならない。而して、右の誤が判決に影響を及ぼすべきことは明白であつて、原判決はこの点において到底破棄を免れないから、三上弁護人並びに被告人本人の各控訴趣意に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三百九十七条、第三百八十条に則り、原判決を破棄した上、同法第四百条但書を適用して、さらに次のとおり自判する。

当裁判所において認定した被告人の罪となるべき事実は、原審判決書理由記載の事実と同一であるから、ここにこれを引用する。

〈証拠説明省略〉

なお、被告人は昭和二十六年七月二十五日、横浜憲兵裁判所において、右判示事実と同一の犯罪事実につき、重労働八年及び罰金二千円(但し罰金は執行猶予)に処する旨の裁判を受けて確定し、該裁判の執行として、そのころより昭和二十七年四月二十八日まで、横浜刑務所において服役したものであつて、右の事実は原審第一回公判調書中被告人の供述記載、翻訳者国家地方警察静岡県本部事務官渡会清作成にかかる「起訴状」「判決文」と各題する二通の翻訳書面中の各記載をそう合してこれを認める。

法律に照らすと、被告人の判示各所為はそれぞれ、麻薬取締法第四条第三号、第五十七条に該当するので、いずれも、所定刑中懲役刑を選択し、以上は、刑法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十七条本文、第十条に則り、最も犯情の重いと認める判示(六)の罪につき定めた刑に法定の加重をした刑期範囲内で、被告人を懲役二年六月に処し、なお、被告人は前示軍事裁判所において言い渡された刑の一部の執行を受けているので、刑法第五条により、右懲役刑の執行を懲役一年九月に減軽し、且つ、同法第二十一条を適用して、原審における未決勾留日数中四十日を右本刑に算入し、原審及び当審の訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条に則り、全部被告人にこれを負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 大塚今比古 判事 山田要治 判事 中野次雄)

(弁護人並被告本人の控訴趣意は省略する。)

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